1. 国際リニアコライダー(International Linear Collider 国際直線衝突型加速器)について
ILCの概要
ILCは国際協力によって設計・開発が推進されている次世代の加速器です。
日本では「高エネルギー加速器研究機構(KEK)」を中心に世界の研究者達が「宇宙創成の謎を解明するための素粒子物理学」としての次期実験装置として開発研究を進めているものです。平成25年8月、国内の研究者により、国内建設候補地として岩手県と宮城県にまたがる北上高地が選ばれました。その後、世界の研究者によっても北上高地が最適地との評価を受けました。
またこの地域には緯度観測所(後の国立天文台)の地球潮汐観測施設があり、1979年6月以来観測を続けており、2011年3月11日の東日本大地震でも途切れることなく観測を続けています。このように地球観測からも地盤が安定していることが実証されており、欧米の研究者にも広く支持されています。
このILC計画が実現すれば、東北に世界の研究者が集い日本の発展また世界の科学や平和にも貢献できるチャンスとなります。
奥州市では、現在この研究計画を迎えるための準備、そのための地域開発を大きなテーマとして取り組んでいます。
ILCの目的
ILCでは宇宙創成の謎の解明を目指します。
またスイスのセルン(CERN)で発見されたヒッグス粒子について、その詳しい性質がわかっていないので、ヒッグス粒子の詳細研究、さらには宇宙の27%を構成しており、星や銀河の誕生に不可欠といわれる暗黒物質の探求・詳細研究、などが主な研究テーマです。
ILCの必要性
現在の最先端加速器はスイスのセルンにある円形加速器LHC(大型ハドロン衝突加速器)で、平成25年に「ヒッグス粒子の発見」が確定されました。このLHCは円形加速器で陽子と陽子を衝突させます。ヒッグス粒子など新粒子の性質を詳細に調べるためには反応が複雑で不向きです。その点電子と陽電子を衝突させるILCのような直線型加速器が必要であり、世界中の研究者がILCの実現を熱望しています。
ILCとLHCの比較は、別表のとおりです。
2. 当NPO法人イーハトーブ宇宙実践センターおよび
奥州宇宙遊学館によるILCへの取り組み
学習への支援
1)中学生向け
- 奥州市主催の中学2年生向け「ILC出前授業」
- 岩手県県南広域振興局主催の中学2年生向け「ILCセミナー」
2)小学生向け
- 奥州市水沢南地区子どもサミットでの「ILC講話」
3)一般向け
- 奥州市水沢地区センター祭りでの「ILC周知行事」
- 奥州市水沢南地区センター祭りでの「ILCコーナー」
- 奥州市水沢区見分森いきいきサロンでの「ILC講話」
- 奥州宇宙遊学館製衝突実験機の館外貸し出し「一関市大東センター」
ILC関連の展示(奥州宇宙遊学館1階)
1)衝突実験装置
- 鋼球を電子と陽電子に見立て、約5m離れたところから同時に鋼球を離し、空中で衝突させる模型。鋼球を離すタイミングがずれると空中で衝突しない。
2)説明写真パネル
- クライオモジュール(超低温(-271℃)状態で使用される加速管を極低温状態に保つために使う)の断面図写真
- ILC建設候補地である北上高地の全景パノラマ写真
- ILCの研究目的
- 中学生向けILCセミナー・出前授業の内容
- 岩手県の地質地図
- CERNの施設と町の様子
- ILCビーム衝突モデル模型(新設:LED使用)
3. ILCのしくみ
しくみを説明する前に、加速器で用いるエネルギーの単位について説明しましょう。
単位は、電子ボルト(eV)です。eV とは、電子(e)を 1V(ボルト)の電圧で加速したとき電子が得るエネルギーです。このとき真空中のように電子の運動をじゃまするものがなければ、たった 1V でも電子のスピードは秒速約 600km になります。
大型加速器では、10億を表す G(ギガ)をつけて GeV を使います。
ILCの衝突エネルギーは、電子が 250GeV、陽電子が 250GeV で計 500GeV となります。このような加速エネルギーをあたえないと、ヒッグス粒子や暗黒物質をつくることができません。
ILCでは、電子と陽電子をそれぞれ約200億個のかたまり(バンチという)にして、衝突させます。まず周長 3.2km の楕円形のダンピングリングで電子、陽電子の運動方向を平行にし、その後約 11km の直線加速器で 250GeV まで加速します。加速後に電子と陽電子が衝突する直前のエネルギーは 500GeV となり、宇宙誕生(ビッグバン)直後の様子が再現できます。
ヒッグス粒子を大量に生成し、その詳しい性質を調べるのが当面の研究ですが、暗黒物質に関する研究も重要な研究対象です。
4. ILCの特にすごいところ
1)電子ビームと陽電子ビームの構成
電子と陽電子はそれぞれ約200億個のかたまり「バンチ」が最小の単位ですが、その連なりをビームと呼びます。ILCでは、約1300のバンチを1トレインとして、1秒間に5トレインを通過させます。1300両編成の列車が1秒間に5回通過するイメージです。
1バンチの長さは300ミクロン(μm)で、バンチ間隔は約170メートル、従って1トレインの長さは、1300個×…となり、約220キロメートルになります。ILC全長よりかなり長いですが、列車の先頭がトンネルを出ても最後部はまだトンネルに入っていない状態になります。ある地点を1トレインが先頭から最後部まで通過する時間は、わずか0.7ミリ秒です。0.2秒間隔で、0.7ミリ秒のトレイン通過があります。
2)バンチの収束と衝突
250GeV まで加速後、バンチを高さ 6ナノメートル(ナノメートルは 1mm の百万分の1)、幅500ナノメートルまで絞って衝突させます。バンチをナノメートル単位まで絞る技術と、絞った電子のバンチと陽電子のバンチを衝突させる技術は、大変難しいのです。
3)ビームのスピードとエネルギー
ビームの運動方向を平行にそろえるダンピングリングに入る時の電子や陽子のエネルギーは 5GeV で、そのときのスピードは光速の 99.999995% です。ダンピングリングは、周長3.2キロメートルの楕円の装置で、数百台の電磁石がずらりと並べられています。電子や陽電子が楕円運動をすると放射光(X線)を放出しエネルギーを失います。それを補うために加速を繰り返します。このようにエネルギーの損失と補てんを繰り返すことと、電磁石により軌道を揺さぶることにより、粒子の向きがそろい平行度が良くなります。ダンピングリングの通過時間はわずか0.2秒ですが、ビームはその間に約2万回も周回します。
ダンピングリングを出て直線部で加速された電子や陽電子のエネルギーは250GeV、スピードは光速の99.9999999998%になります。9が7個並んでも11個並んでも大差ないように感じるかもしれませんが、ヒッグス粒子や暗黒物質を生みだすにはこのようなスピード(エネルギー)が必要です。
物体の速度が光速に近づくほど加速が困難になります。これは物体の速度が光速に近づくほど、その質量が無限大に近づくためです。式で書くと、速度Vで運動する物体の質量Mは
となります。物体の速度Vが光速Cより大幅に小さい時は、速度Vのときの質量Mは静止質量M0と等しいと考えてよいですが、物体の速度Vが光速Cに近づくほど物体の質量Mはどんどん大きくなります。
別表
項 目 | ILC | LHC | 備考 |
---|---|---|---|
研究開始 | 2030年(見込み) | 2009年 | |
建設地 | 北上高地 | スイス セルン | |
方式 | 直線衝突型 | 円形衝突型 | |
長さ | 31km(50km) | 27km(周長) | ILC50kmは延長後 |
衝突エネルギー | 500GeV(1TeV) | 13 ~14TeV | LHC14TeVは、2016年頃から、ILC1TeVは延長後 |
衝突粒子 | 電子、陽電子 | 陽子、陽子 | |
衝突反応 | シンプル | 複雑 | |
研究の特徴 | 発生する粒子の詳細な研究 | 圧倒的な新粒子発見能力 | ILC、LHCは補完関係 |
特定粒子の大量生成 | 可能。衝突エネルギーのコントロール可能(例:ヒッグス・ファクトリー) | 不可能。素粒子レベルの衝突エネルギーは、陽子衝突エネルギーの約10%だが、そのコントロールは不可能 | |
衝突点 | 直線の中央1カ所のみ | 円周上の複数カ所 | |
単位長さ当りの加速の大きさ | 1回限りの加速のため大きくする必要あり | 周回ごと繰り返し加速可能のため、大きくなくてもよい | |
衝突エネルギーアップ | 設備を延長することで衝突エネルギーアップが可能 | 円形のため設備延長は不可能で、エネルギーアップのためには、加速勾配を上げ周回電磁石を強化する必要あり | |
その他 | 衝突しなかった電子と陽電子は廃棄 | 衝突しなかった陽子は繰り返し周回、実験に再使用可能 |